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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13698号 判決 1969年2月03日

原告

水落松雄

被告

鹿島工業株式会社

主文

被告は原告に対し金二四三万円および内金二二一万円に対する昭和四三年八月一日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告に対し金三八八万円および内金三三六万円に対する昭和四三年八月一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和三九年七月一一日午前一一時頃

(二)  発生地 東京都調布市仙川町二丁目四番地先路上

(三)  被告車 ミキサー車(多八な二三五号)

運転者 訴外早乙女清

(四)  原告車 小型トラツク(練四す三一九九号)

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 横断歩行者を通すため原告車の先行車ミゼツトが横断歩道の手前で停車したのに続いて、原告車も停車したところ被告車が追突した。

(六)  被害者原告は頸椎むち打ち損傷を蒙り、事故発生の昭和三九年七月一一日から昭和四三年一一月三〇日まで約三年四月に亘つて通院した。

(七)  また、その後遺症として頸部に運動制限と運動痛、眼精疲労、頭痛があつて、これは、自賠法施行令別表等級の第一二級に相当する。

二、(責任原因)

被告は、被告車を業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  治療費

原告は、事故発生の昭和三九年七月一一日から昭和四二年一一月二〇日まで病院の診療を受け、殆どの診療費につき健康保険の適用を受けたが、相見医院の診療費四万円は自分で支払つた(万未満切捨)。

(二)  休業損害

原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ九四万円(万未満切捨)の損害を蒙つた。

(休業期間)

昭和四二年三月一日から昭和四三年七月三一日までの一七ケ月間。

(事故時の月収)

六万円。(有限会社谷野畜産店勤務)

(給与の一部支払)

その間に、七万五、〇〇〇円の支給があつたので、これを控除する。

(三)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は一四二万円(万未満切捨)と算定される。

(事故時) 三四歳

(稼動可能年数) 二一年、昭和四三年八月一日から六〇歳直前の昭和六四年七月三一日まで。

(労働能力低下の存すべき期間) 右二一年間

(収益) 年収七二万円

(労働能力喪失率) 一四パーセント(身体障害等級一二級)

(右喪失率による毎年の損失額) 一〇万〇、八〇〇円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(四)  慰藉料

原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和三九年七月一一日から昭和四二年一一月三〇日まで三年四ケ月余り通院したが、その期間の精神的苦痛に対する慰藉料としては、前期三一ケ月は一ケ月二万円の割合で六二万円、後期九ケ月は一ケ月三万円の割合で二七万円、合計八九万円が相当である。

次に、通院期間後、一生涯、身体障害等級一二級の後遺症障害が生活全般に及ぼす精神上の損害に対する慰藉料としては、労働能力喪失率一四パーセントを考慮して、四〇〇万円の一四パーセントである五六万円が相当である。

これを合計すれば、一二〇万円を超えるので、原告としては慰藉料として一二〇万円を請求する。

(五)  損害の填補

原告は健康保険の傷病手当二一万円、強制保険金三万円の支払を受け、これを治療費、休業収入損の順に充当した。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は(一)ないし(四)の合計三六〇万円から(五)の二四万円を控除した金三三六万円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、原告は手数料、成功報酬としてそれぞれ二六万円(万未満切捨)を第一審判決言渡日に支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告は三八二万円および弁護士費用を除いた内金三三六万円に対する身体障害による収入損一時払基準日の翌日である昭和四三年八月一日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は追突したことは認めるがその余は不知。(六)は傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)は否認する。症状は今なお動いている、というべきである。仮に、原告主張の後遺症ありとしても、本件交通事故との因果関係を否認する。

第二項は認める。

第三項中、(一)(五)は認める。(二)ないし(四)は争う。(六)の弁護士費用の請求は過大である。

二、(抗弁)

(一)  示談成立

原告と被告との間には、原告に対し三万円、谷野商店に対し一日三、〇〇〇円宛の代車料を支払う旨の示談が成立しているから、本件請求は失当である。

(二)  請求権放棄

原告は、受傷後五ケ月半を経過した昭和三九年一二月二五日には、強制保険より三万円の支払を受けた際、支払を担当した東京海上火災保険株式会社(以下、東京海上と略称)宛に査定事務所の右査定額を承認する旨の承諾書に署名捺印し「今後如何なる事情が生じても本件に関し貴殿に対し異議の申立、訴訟等一切の請求を致しません」と述べて、請求権を放棄している。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

いずれも否認する。なお、原告が東京海上に対し査定承諾書を差し入れたことはあるが、右は不動文字で印刷されているものであるのみならず、相手方は被告ではないから、被告に対する請求権には影響はない。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項中(一)ないし(四)および(五)のうち被告車が原告車に追突したことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件追突事故により傷害を蒙り、事故発生の昭和三九年七月一一日から同年八月五日までの間に多摩川病院に六回通院し、頭部挫傷(脳震盪)、胸部挫傷と診断され、投薬を受け、昭和三九年八月一三日から昭和四二年一一月三〇日までの間に相見病院に三七〇回通院し、むち打ち損傷と診断され投薬を受け、昭和四二年二月一日から同年一一月三〇日までの間東京医科大学病院に九〇回通院し、やはり、むち打ち損傷と診断され、頸部簡易カラー装着、牽引、温熱、星状神経節ブロツクなどの療法、それに投薬を受けたことが認められ、〔証拠略〕によれば、原告には後遺症として外傷性頸性頭痛が残り、眼科所見は労災法施行規則別表一の障害等級表第一四級九号に、耳鼻咽喉科所見は同表第一四級九号に、脳神経外科所見は同表第一二級一二号に、それぞれ該当し、全体として第一二級に該当することが認められる。

二、(責任原因)

(一)  運行供用者責任

本件事故当時、被告が被告車の運行供用者であつたことは当事者間に争がない。

(二)  示談成立の抗弁

本件全証拠によつても、原告の人身損害について示談が成立したことは認められない。

(三)  請求権放棄の抗弁

〔証拠略〕によれば、原告は保険金三万円を受領するに際して東京海上に対してその余の一切の請求を放棄したことが認められるが、本件全証拠によつても、被告に対して請求を放棄したことは認められない。

なお、原告の被告に対する自賠法三条に基く損害賠償請求権は、東京海上に対する自賠法一六条一項に基く損害賠償額支払請求権とは別個の権利であるから、特別の事情のない限り、後者の請求権の放棄は、前者の請求権の行使に消長を来さないものであるところ、被告は特別の事情について何ら主張立証をしない。

したがつて、請求権放棄の抗弁も理由がない。

三、(損害)

(一)  治療費

原告が、相見医院に診療費四万円(万未満切捨)を支払つたことは当事者間に争がない。

(二)  休業損害

〔証拠略〕によれば、事故当時、原告は有限会社谷野畜産店に勤務し、一月平均少くとも六万円の収入を得ていたこと、本件事故のため昭和四二年三月から昭和四三年七月まで一七ケ月に一〇二万円の収入がある筈のところ、昭和四二年三月に数日出勤できたほかは稼働できなかつたが同月から同年七月までは毎月一万五、〇〇〇円計七万五、〇〇〇円の給与の支給を受けたこと、したがつて、原告としてはその差額九四万円(万未満切捨)の収入を失い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(三)  将来の逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は昭和五年一月二四日生れであることが認められ、身体障害による収入損一時払額基準日である昭和四三年七月三一日当時は三八歳である。第一一回生命表によれば、三八歳の男子の平均余命は三二・八一年であり、原告の職種に照らし稼働可能年数は原告主張の六〇歳までの二一年を下廻ることはない。原告の年収が七二万円、後遺症が身体障害等級の第一二級に該当することは、前記認定のとおりである。ところで、原告は労働基準局長通達による一四パーセントの労働能力低下が右稼動期間の二一年間持続することを主張するものであるが、原告の後遺症はいわゆるむち打ち損傷であり、その程度も前記第一二級であることに鑑み、損害額算定の基準としての労働能力低下は、三年間を以て相当と認める。したがつて、その損害額は、

720,000円×14/100×2.731(3年のホフマン式係数)≒27万円で、二七万円(万未満切捨)となる。

(四)  慰藉料

前記の如き傷害の部位、程度、後遺症および〔証拠略〕によつて認められる谷野畜産店退職の事実その他諸般の事情を総合すれば、原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては、一二〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

原告が健康保険の傷害手当二一万円、強制保険金三万円の支払を受けたことは当事者間に争がない。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は、(一)ないし(四)の合計二四五万円から(五)の二四万円を控除した二二一万円を被告に対し請求し得るものであるところ、〔証拠略〕によれば、被告は任意の弁済に応じないので原告は弁護士たる本件訴訟代理人に訴訟の提起と追行を委任し、手数料、謝金いずれも二六万円合計五二万円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯、認容額その他の事情に鑑み、被告に対して賠償をさせるべき金額は二二万円を以て相当と認める。

四、(結論)

よつて、原告の請求は主文の限度で認容すべきである。訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二)

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